弁護士についてのブログ記事

 弁護士と依頼者との間で最も大切なものは信頼関係です。信頼関係が作れない以上、幾ら着手金が高額でも弁護士は仕事を受任しません。また、依頼者もその弁護士がいかに優秀であっても、信頼関係が築けない弁護士を依頼してはいけません。それは、なぜかと言うと弁護士にとって依頼者の抱えている事件は「他人ごと」なのです。民事の裁判で負けても弁護士がお金を支払う訳ではありません。打撃を受けるのは依頼者です。刑事の裁判で負けても弁護士が刑務所に入るわけではありません。刑を科されるのは依頼者です。また、弁護士は、決まった商品を販売したり、メニューどおりの食事を提供するような、依頼者に定型的に決まったサービスを提供するのではありません。弁護士が1つの事件を丁寧にすれば際限なく時間をかけることができますし、簡単に済ませようとすれば最低限の時間と努力で終わらせることも出来ます。加えて、裁判の手続も法律も依頼者には分かりにくく、弁護士が手を抜いても依頼者には分かりませんし、逆に弁護士が一生懸命にやっていたとしてもそれもよく分かりません。このような弁護士の仕事を言い換えれば、「助っ人(すけっと)家業」なのです。信頼関係があって、「この依頼者をなんか助けてあげたい」と思えば、弁護士は際限なくいい仕事をしますが、信頼関係が築けず、「うるさい依頼者だから」とか「弁護過誤で訴えられるかもしれないから」と仕方なしにやっていれば、弁護士の仕事は際限なく雑な仕事になってしまいます。ですから、依頼者と弁護士との関係は信頼関係がなければ成立しえない関係なのです。局面は違いますが、芸術家や工芸職人の仕事に似ています。魂が入っていなければ、時間をかけても駄作になってします。この魂が弁護士にとっては信頼関係といえるものなのです。

寺島勝洋先生の思い出

 昨年6月に私の弁護士としての恩師である寺島勝洋先生が困難な14年の闘病生活の末、お亡くなりになりました。痛恨の極みであります。寺島勝洋先生は、昭和46年、甲府の地で現在の甲府合同法律事務所の前身である寺島法律事務所を開設しました。先生は、弁護士会活動として山梨県弁護士会会長を2回、日弁連副会長その他の役職を歴任されました。しかし先生にとっての誇りは、なによりも山梨という保守的な地域で労働者や社会的弱者の味方として一貫して闘い抜かれた事だと思います。私は昭和63年に寺島勝洋先生に招かれて、甲府合同法律事務所に就職し、独立するまで6年間、先生の下で駆け出しの弁護士でしたが勉強させていただきました。僅かな期間でしたが、先生の薫陶を受けたという経験は有形無形の宝です。私は寺島先生の思いや理想に近い事務所を作りたいと思って頑張っています。いろいろな面で優れた先生ですので、そのすばらしさは、言い尽くせません。しかし、ただ一言で言えと言われれば、私は迷わず「私心のない先生でした」と言います。寺島勝洋先生のご冥福を祈ります。

新年明けましておめでとうございます。

 昨年の12月16日に衆議院議員選挙が行われました。自民党の圧勝でした。しかし、争点の原発問題、消費税問題、TPP加盟問題はこれからが勝負です。今年は、参議院選挙があります。この参議院選挙で、我が国の当面の方向が決まります。国民の生活と健康を守るために原発をなくし、消費税を廃止させ、TPP参加は反対しましょう。なぜなら弁護士の業務を通じて、働く人たちの生活が苦しくなっていること、特に女性、子ども、老人、障害者などの社会的に弱い立場の人たちが悪政や不況の最大の被害者になっていると実感するからです。これらの人々が安心して生活できる社会を実現させることが今の日本に最も大切な課題だと思います。

これまでの人類の歴史を見れば、紆余曲折はあっても、必ず社会は発展し、人権や自由は徐々に拡大していきます。そしてその速度は、時代を経るごとに速くなっています。私たち法律家はそこに確信をもって社会的に弱い人々と一緒に闘い、権利と自由を勝ち取っていく重大な使命を持っています。

私どもの事務所では、弁護士・事務員一同、一致協力して、事務所の目的として掲げている以下のことを今年も忠実にまもり、頑張っていく所存ですので、よろしくお願いします。

1 依頼者の基本的人権を守り、社会正義の実現を目指す。

2 日本国憲法を擁護し、その完全な実現を目指す。

3 環境権その他の新しい人権の確立に努める。

 4 常に民衆や社会的弱者の立場に立ち、これらの人々の正当な利益を  守って、闘う。
私は坂本堤弁護士とその家族、都子さん、龍彦ちゃんは、自分たちの命を犠牲にして、オウム真理教から日本を、否、世界を救ったのではないかと思います。坂本堤弁護士とその家族の失踪事件が無ければ、オウム真理教の暴走に気づくものはなく、オウム真理教のクーデターは実行されていたのではないかと思います。松本サリン事件の際も、警察も公安も、マスコミもオウム真理教が犯人であるとは全く思っていなかった。河野義行さんという一市民が犯人とされました。地下鉄サリン事件も、オウム真理教と闘っていた一部の弁護士しか、その具体的危険を知らなかった。オウム真理教は、山梨県上九一色村富士ケ嶺のサティアンで、サリンの製造に成功し、山梨県富沢町で自動小銃まで大量生産し始めていたのです。警察や自衛隊にも信者がいました。坂本堤弁護士とその家族の犠牲が無ければ、オウム真理教による大量殺人とクーデターは成功し、多くの犠牲者が出たのであはないかと思います。警察も坂本堤弁護士とその家族の失踪事件がオウム真理によるものとはしていませんでした。オウム真理教が坂本堤弁護士とその家族を拉致したと疑った弁護士が、活動し、オウム真理教を追い詰めていきました。オウム真理教の事件が歴史的な事件として残る限り、坂本堤弁護士とその家族は、日本を救った家族として歴史に残ると思います。そして、このオウム真理教の事件が、弁護士と弁護士の集団が、国の歴史、国民の生命を左右する大きな事件を阻止する決定的な要因になった最初ではないかと思います。私は、平成3年の年末から翌年にかけて、上九一色村の住民から依頼されて、オウム真理を上九一色村から追い出すことができないか相談を受けるようになりました。当時、オウム真理教は、国民からは得体のしれない変な宗教団体であるという程度にしか、認識されていませんでした。また、私は司法修習生のときに坂本堤弁護士と多少ですが面識がありました。坂本堤弁護士は新進気鋭の弁護士であり、一度会っただけで、大物弁護士であることが実感できるような非常にインパクトの強い弁護士でした。私は、山梨県弁護士会の中で多少でも坂本堤弁護士を知っていた唯一の弁護士だったので、坂本弁護士一家救出の活動に参加するようになりました。上九一色村の住民から依頼されてオウム真理と闘うようになった動機の一つには、この活動の中で、坂本堤弁護士とその家族の救出ができればとの思いがありました。そして、すぐに坂本堤弁護士のご両親は山梨県の出身者であり、特に母親のさちよさんは、甲府市上石田の出身であることが分かりました。当時、私は駆け出しの弁護士で甲府の上石田のアパートに妻や子供たちと住んでいたので、何か縁を感じました。そのころから私は、オウム真理相手の裁判を滝本太郎弁護士が中心となって立ち上げたオウム真理被害対策弁護団の一員として行うようようになり、かつ、坂本堤弁護士一家を救出する活動も始めました。私は今でもオウム真理と闘うことができたこと坂本堤弁護士とその家族の殺害事件の真相究明に多少の役に立てたこと、何より山梨県からオウム真理教を放逐できたことを誇りに思っています。

裁判員制度について

裁判員制度については、弁護士の中には今でも反対論もあり、依頼者の皆さんの中にも選任されたらどうしようと不安を持っている方がおられます。裁判員制度は、以前に日弁連が求めてきた陪審制度とは異なり、問題点も多いと思います。しかし、司法の中に市民の意見や感覚が反映されていく絶好のチャンスであり、最高裁もこの点を強調しています。裏を返すと、これまで市民感覚からかけ離れた裁判がなされてきたことを示すものです。裁判員に選任されたら積極的に参加してください。「人を裁くという大それたことができるのだろうか」という不安を持っている方が大半です。しかし、そのことはとてもいいことです。これまで有罪判決馴れした官僚裁判官のもとで「被告人には騙されないぞ」という感覚で99パーセント超える有罪判決がなされてきました。これに対し、人を裁くことに慣れていないがゆえにその責任を重く感じる市民の裁判員による裁判は、より慎重な裁判になるはずです。慎重な審理を経たうえで、なお人を裁くことに不安を感じるなら、無罪を評決すればいいのです。それが刑事裁判の鉄則である、99人の犯人を逃しても1人の無辜を処罰してはならないという格言で説明される無罪推定の原則なのです。人を裁くことを職業的義務とする裁判官ではなく、人を裁くことに恐れおののいている市民こそ裁判員にふさわしいのです。

大人になるということ

ある少年事件を受任して「大人になるということはどういうことか」つくづく考えさせられました。少年の強盗傷害事件だったのですが、被害者もまた少年(大学生)でした。しかし、被害者自身後遺症を残るほどの大けがを負っていたにもかかわらず、示談に応じてくれたのです。少なくとも事件までは、相手の立場に立って物を考えることのできなかった加害少年と被害を受けても相手の立場で物を考えることのできる被害少年を目の当たりにして、大人になるということは、相手の立場になって物を考えることのできる能力を身につけることではないかとつくづく思いました。加害少年もこれから相手の立場になって物を考えるようになってくれれば、おろかな犯罪を行うことはないと思いました。ひるがえって考えてみると、大人でも相手の立場に立って考えることができなくなっている人もいます。自分の地位に慢心していると、相手の立場が見えなくなる。弁護士も初心を忘れると、依頼者の立場で考えることができなくなる。自分は大人であると思っていたのに、本当にそうなのだろうかと思いました。つねに依頼者の立場で考えられる弁護士でいたいと思っています。

一番大切な物

弁護士の仕事を続けてきて、この世の中で一番大切な物は何かと問われて、躊躇なく答えることができる答えがあります。それは、「真実」です。依頼者はいつも岐路に立たされ、悩み続けます。その時、何を基準にして決断するのか。真実は何かです。人は裏切っても真実は人を裏切らない。うそでは、人はがんばれない。人にやる気を起こさせ、困難に耐えさせるのは、真実です。ですから私は「嘘も方便」ということわざが大嫌いです。このくらい、人を誤らせるものはない。むしろ、「嘘は泥棒の始まり」というのは、きわめて正しい格言です。小さな嘘を一つつくと、もっと大きな嘘をつかなくければならなくなります。そして、本当のことを言えば、すべての信用を失うので、嘘をつき通さざるを得なくなります。小さなうそなら許されると勘違いしている人もいます。むしろ逆です。小さな嘘だからこそ、本当のことを言えなくなる。「なんでそんなつまらいことで嘘をつくのか」と思われ、まったく信用を失うのです。些細な小さなことで嘘をつく人間は、どんな大きな嘘をついているのか分からないと思われてしまうのです。真実を素直に受け入れ、開き直って真実で勝負することが、裁判でも、人生でも大切であると思っている次第です。
2011年12月から甲斐の杜法律事務所で勤務している山際誠弁護士は、労力を惜しまず、積極的に事件に取り組んでくれています。初めての私選の難しい刑事事件で保釈を勝ち取り、先日は初めての国選被疑者事件で勾留決定に対する準抗告を申し立て、勾留を取消させて釈放を勝ち取りました。準抗告で勾留を取消させて釈放を勝ち取ることはめったにないことで、これを初めての申し立てで勝ち取ったことは評価に値します。山際誠弁護士の今後の活躍を甲斐の杜法律事務所としても期待しています。

ホームズ判事の言葉

 アメリカ連邦最高裁判事として有名なホームズ判事の言葉に「君たちが悔いのない仕事をしたいなら、君たちは時代の苦悩の中に身を置かねばならない。」という言葉があります。およそこの社会の争いは、社会の矛盾、時代の矛盾の中から生まれてきます。会社の倒産も労働事件も、家庭内の紛争も、根っこのところでは現代の矛盾、貧困化、クローバリズム、新自由主義などが基にあります。私も時代の苦悩の中に身を置いてそこから一つ一つの事件を解決していきたいと思っています。
甲斐の杜法律事務所では、暴力団員やその関係者の事件を受任しません。暴力団員の方にも人権はありますし、刑事手続きは守られなければなりません。ですから、弁護士が暴力団員の弁護をしても、問題はありません。しかし、私は、社会的に違法な団体を守ることには抵抗があります。それならもっと困っている人の救済に労力を使いたいという気持ちで、これらの団体や関係者の事件をお断りしています。もっとも、国選事件で、裁判所から依頼される事件は、受任することにしています。